東京地方裁判所八王子支部 昭和47年(ワ)434号 判決
原告
斉藤正二
被告
石上綾子
主文
一 被告は原告に対し、金一二七万一、五五二円およびこれに対する昭和四七年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
一 被告は原告に対し金三八六万五、九〇〇円及びこれに対する昭和四七年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行宣言
二 被告
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (本件事故の発生)
昭和四五年一一月二六日午後五時ごろ、東京都八王子市万町一五一番先丁字路(以下本件交差点という。)において、右交差点を子安町方面から甲州街道方面へ向つて右折しようとした被告運転の普通乗用自動車(多摩五せ五二五三号)(以下本件被告車という。)と、折から右交差点付近を歩行横断中の斎藤町(当年七五才)(以下単に町という。)とが衝突し、町が受傷する事故(以下本件事故という。)が発生した。
2 (本件事故の結果)
町は本件事故により第一二胸椎圧迫骨折の傷害を受け、昭和四六年三月一三日まで入院加療をした後一時退院して自宅療養を行つていたが、同年四月二六日から同年七月一九日まで再院し、その後再び同年九月七日まで自宅療養に努めたものの、容態が悪化して同月八日再び入院し同月一三日死亡した。
ところで同人の死亡診断書によれば、糖尿病による急性心不全が死亡の直接の原因とされている。しかし、同人は本件事故までは健康であつたのであり、それが本件事故による受傷とその治療のための長期臥床に基づく精神的肉体的苦痛と運動不足によつて極度に衰弱した結果、一旦退院したものの退院後わずか一か月足らずで糖尿病が発病し、右のような精神的肉体的悪条件下で治療も困難のまま右発病後五か月にして死亡に至つたのであつて本件事故と右死亡との間には因果関係がある。
3 (被告の責任)
被告は本件被告車の所有者であつてこれを運転中本件事故を発生させたから自賠法三条の責任を負うべきである。
4 (承継前原告および原告と町との関係)
承継前原告斉藤和三郎(以下和三郎という。)は町の夫であり、原告は和三郎および町の子である。
5 損害
(一) 積極損害
(1) 原告は町の治療のためつぎのような出費をし、右同額の損害を蒙つた。
イ 付添看護婦に対する暮の特別謝 金四、〇〇〇円
ロ 治療用電気マツサージ器 金四、五〇〇円
ハ 入院雑費(入院一九七日、一日金二〇〇円の割合) 金三万九、四〇〇円
ニ 交通費(入院退院時の自動車代、東京、八王子間二往復半) 金一万八、〇〇〇円
(2) 和三郎は町の葬祭費として少くとも金二〇万円を支出した。
(二) 慰藉料(民法第七一一条に基づく。)
和三郎および原告は町の死亡により精神的損害を受けたが、これを慰藉するには各金一五〇万円をもつて相当とし、さらに和三郎は町の入院により食事も身の廻りの始末もできなくなつて重大な支障を受けたので、これを慰藉するには金五〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用
和三郎および原告は被告に対し本件事故による損害を賠償するよう内容証明郵便で請求したが、被告はこれに応じないので、止むなく弁護士渡辺正雄に本訴提起を委任し、原告がその手数料と謝金の一部として金一〇万円を支払つた。
(四) 以上和三郎の損害額は金二二〇万円、原告の損害額は金一六六万五、九〇〇円となるところ、和三郎は昭和四九年三月二九日死亡し、原告が和三郎の損害賠償請求権を相続した。
6 よつて原告は被告に対し、右損害賠償金三八六万五、九〇〇円および右金員に対する右損害発生後の昭和四七年七月二一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 第1項(本件事故の発生)、認める。
2 第2項(本件事故の結果)、町の治療経過については不知、同人の死亡と本件事故の因果関係は否認する。
3 第3項(被告の責任)、被告の法的地位は認めるが、責任はない。
4 第4項(承継前原告および原告と町との関係)、不知
5 第五項(損害)、争う。
6 第6項、争う。
三 抗弁
1 過失相殺
被告は本件交差点手前において一時停止して左右の安全確認をしたうえ、本件被告車をゆつくり発進させて右折しようとしたところ、右前方のガードレールが切れているところから町が傘を前方にかざして車道内に小走りにかけ出してきたのを発見し、直ちに道路中央で停車したが、町はかざした傘によつて前が見えないまま道路中央に前進してきて停止中の本件被告車の前部左側ライト付近に衝突してきて尻もちをついたものである。右のように本件事故は町の過失によつて起つたものであるから過失相殺をすべきである。
2 一部弁済
被告はすでにつぎのとおり合計金五二万九、五七九円の弁済を行つた。
(一) 治療費 金三六万九、三二八円
(内訳)
仁和会総合病院分 金四万四、二〇五円
浄風園病院分 金三二万五、一二三円
看護料 金一三万四、四五一円
雑費(コルセツト代) 金一万〇、八〇〇円
(二) 慰藉料 金一万五、〇〇〇円
三 抗弁に対する認否
1 第1項(過失相殺)、町の過失は否認。本件事故は被告の過失によるものである。すなわち本件事故当時は夕刻でしかも小雨が降つていたのであるから、被告は本件被告車を運転して本件交差点を右折するに当つては前方を注視し安全を確かめるべきであつたのに漫然と運転したため、横断をしてきた町の発見が遅れ、急制動をかけたが間に合わず本件事故を発生させたものである。
2 第2項(一部弁済)
原告が自賠責保険より治療費、看護料、雑費名下に合計金五一万四、五七九円を受領したことは認め、慰藉料金一万五、〇〇〇円の弁済については否認。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生とその結果
請求原因第1項(本件事故の発生)の事実は当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二三号証、証人吉良桜の証言により真正に成立したと認められる甲第六号証、証人三村一夫の証言により真正に成立したと認められる甲第一六号証、証人斉藤節子の証言により真正に成立したと認められる甲第二六号証および証人三村一夫、同斉藤節子の各証言を総合すると、町は昭和四三年九月一三日以降糖尿病、両下肢神経痛との診断により財団法人仁和会総合病院(以下仁和会病院という。)で内科治療を受けていたものの、本件事故に至るまでは趣味の民謡の会に出席するなど元気に生活していたが、本件事故によつて第一一(または第一二)胸椎骨折の傷害をうけ(陳旧性の第一腰椎骨折にも増悪を生じたと推認されなくはない。)た結果、強い腰痛を訴え歩行困難となつて本件事故の二日後である昭和四五年一一月二八日仁和会病院に入院(以下第一回入院という。)し、同年一二月一九日まで同病院でギブスベツドに固定されたままの状態で治療を受けた後、家族の通院看護の都合上同日社会福祉法人浄風園病院(以下浄風園病院という。)に転院、昭和四六年一月下旬ごろにはベツドから下り歩行も可能な状態に回復し、同年三月一三日一旦退認したことが認められ、本件事故と右入院治療との間に相当因果関係があることは明らかである。
ところでいずれも証人吉良桜の証言により真正に成立したと認められる甲第七ないし第九号証、証人斉藤節子の証言により真正に成立したと認められる甲第二七号証および証人吉良桜の証言によれば、町は同年四月二六日糖尿病のコントロールを主目的として浄風園病院に再入院(以下第二回入院という)し、同年七月一九日退院した後、同年九月八日再び同病院に入院(以下第三回入院という。)同月一三日死亡したが、右死亡診断書(甲第八号証)には死因は糖尿病を原因とする急性心不全との記載があることが認められる。右事実によれば町の死亡は糖尿病によるものであつて、本件事故との因果関係は認め難い(本件事故と糖尿病の発病または増悪との因果関係を認めるに足る証拠はない。)といえなくはない。しかし甲第九、第二七号証、成立に争のない甲第二四号証および証人吉良桜、同斉藤節子の各証言によれば、町は本件事故以後死亡に至るまで引続き背痛(または腰痛)に悩まされ、第一回目の退院後も近所に買物に出る程度のことはできたものの、ほとんど自宅で寝たり起きたりの生活であり、第二回目の退院後の同年八月二七日には疼痛再発を訴えて生活協同組合多摩相互病院の診察と投薬を受け、とくに第三回入院の三、四日前ごろから背中全体が痛んで(右背痛は本件事故と因果関係があるものと推認される。)布団のうえを転げまわるほどであり、また食べた物も全部嘔吐するような状態に陥つて、同年九月八日入院時には全身衰弱高度の状態となつた。そして入院後一旦納つた嘔気と痛みが同月一一日ごろから再発し、頭、背中、腰、足全部の痛みを訴え続けたまま同月一三日の死亡に至つたもので、結局直接の死因は全身衰弱による心不全であつて、糖尿病が右入院時にとくに悪化した徴候はなく、前記死亡診断書の記載も、糖尿病の症状としての全身の動脈硬化等が右心不全の一因になつているほどの趣旨であつて、本来むしろ糖尿病は「その他の身体状況」欄に記載すべきものであつたことが認められる。右認定による町が死亡に至る経過に照せば、同人の死亡の直接原因である全身衰弱は、同人の老令あるいは糖尿病等同人自らのもつ要因の影響ももとより無視できないところであるが、本件事故による背痛(または腰痛)も一つの大きな原因であることは否定できず、同人の死亡に対する寄与率は同人自らの持つ要因五割、本件事故による背痛五割と認めることが相当である。
二 被告の責任と過失相殺
被告が本件被告車の所有者であつてこれを運転中本件事故が発生したことはいずれも当事者間に争がない。そうすると自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により生じた損害について被告は賠償の責に任じなければならない。
過失相殺の主張については、いずれも成立に争のない甲第一二号証の一ないし四、第一三号証の一、四ないし六、第一四号証の一、二、第一八号証の一、二および被告本人尋問(第一回)の結果(以下の認定に反する部分を除く。右部分は採用しない。)を総合すれば、本件事故当時雨が降り、夕刻であたりは暗い状態となつていたところ、被告は本件被告車を運転して幅員四メートルの未舗装道路を西進し、右道路からこれと交差する車道幅員一二・一メートルの道路(横浜街道)(片側二車線)に出て右折北上するに当り、一旦本件交差点入口で停車して左右の安全を確かめたが、横浜街道上には上下線とも右交差点に近づいてくる車両がないのに気を許し、漫然と発進、速度を上げつつ右折を開始し約五、六メートル進行したとき、被告車の約五・五メートル前方、右横浜街道北行第二車線上に雨傘をさし小走りで本件被告車方向に向つて斜め横断中の町を発見し、直ちに急制動をしたが間に合わず、約二メートル前進した地点で被告車の左前部バツクミラー付近が町に接触し、同人は路上に転倒した(右衝突後被告車はさらに約〇・五メートル前進して停止した。)。なお町は夕食の準備のため帰宅を急いでおり、付近に(本件事故地点から約一〇メートルの地点)横断歩道があるのにもかかわらず横断歩道を利用せず前記のように斜め横断に及んだものである。以上の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。右事実によれば、町にも付近に横断歩道がありながら横断歩道外を斜め横断した過失があつたといえるが、被告にも前方不注視の過失があつたというべきであり、本件事故に対する両者の過失割合は、町が老人でかつ歩行者であるのに対し被告が車両運転者であることを勘案すれば、町三、被告七というべきである。
三 町と和三郎および原告の関係
いずれも成立に争のない甲第一、第二号証によれば、和三郎は町の夫であり、原告は和三郎と町との間の子であることが認められ、和三郎も昭和四九年三月二九日死亡し、原告がその相続をしたことは当裁判所に明らかである。
四 損害
前記認定の本件事故後死亡に至るまでの町の経過に照せば、本件事故から第一回入院に関して生じた費用については全額、第三回入院と町の死亡(同人の葬儀を含む。)によつて生じた費用等については半額を本件事故による損害算定の基礎とし、糖尿病のコントロールを主目的とした第二回入院によつて生じた費用は本件事故と因果関係はないものとして損害算定の基礎としないことが相当である。
1 積極損害
(一) 治療費
成立に争のない乙第二号証によれば、昭和四五年一一月二六日から昭和四六年二月二〇日までの間の治療費として金三六万九、三二八円、コルセツト代として金一万〇、八〇〇円、合計金三八万〇、一二八円を要したことが認められる。
(二) 付添費
同号証、甲第二六号証および証人斉藤節子の証言によれば、第一回入院以来昭和四六年一月一九日までの間に付添婦を四六日つけ、その費用金一三万四、四五一円を要し、また原告は年末、年始に付添婦に合計金四、〇〇〇円の謝金を支払つた(証人斉藤節子の証言によれば、右謝金支払は単に儀礼的なものではなく、浄風園病院要付添の患者全員が義務的に行う慣習になつていることが認められるので、本件事故と相当因果のある損害中に加えることが相当である。)ことが認められる。
(三) 雑費
甲第二六号、第二七号証によれば、原告は第一回入院の間に町の入院雑費(治療用電気マツサージ器代を含む。)家族の見舞交通費、和三郎宅(町留守宅)見舞交通費(和三郎食費は除く。)(右交通費は本件事故と相当因果関係があるというべきである。)として金二万七七四〇円を、第三回入院に関連して入院雑費、家族の見舞交通費、死亡後処置料として合計金六、〇八〇円を支出したことが認められるので、本件事故による損害としては前記基準に従い、第一回入院分全額および第三回入院分の半額を合計した金三万〇、七八〇円を算入すべきである。
(四) 入退院交通費
甲第二六、第二七号証によれば、第一回入院中の転院車代および退院交通費として合計金七、三八〇円、第三回入院交通費および車代として合計金四、〇四〇円を支出したことが認められるので、前記基準に従い、本件事故による損害としては合計金九、四〇〇円を算入すべきことになる。
(五) 葬祭費
町の葬祭費用として夫の和三郎が少くとも金二〇万円を支出したであろうことは容易に推認され、前記基準に従えば、本件事故による損害としてはその二分の一である金一〇万円を算入すべきである。
2 慰藉料
老令の和三郎が妻の町に先立たれた精神的打撃および生活上の不便は推察するに難くなく、右精神的打撃等を慰藉するには金二〇〇万円をもつて相当とし、町の子である原告の精神的打撃を慰藉するには金一五〇万円をもつて相当というべきところ、前記のとおり本件事故による損害としてはそれぞれその二分の一である和三郎金一〇〇万円、原告金七五万円を算入すべきである。
3 前記のとおり原告は和三郎の有した債権を相続したから、結局原告は右損害金合計金二四〇万八、七五九円に対し前記判断のとおり三割の過失相殺を行つた金一六八万六、一三一円の損害賠償債権を被告に対して有するということができる。
五 一部弁済
原告が自賠責保険により金五一万四、五七九円の支払を受けたことは当事者間に争がなく、右金員以外に被告が和三郎に対し、慰藉料名義で金一万五、〇〇〇円を支払つたとの被告主張については、これに添う被告の供述(第二回)および同旨の乙第三号証(成立に争がない。)は、成立に争のない甲第二八号証および原告本人尋問の結果に照らし必ずしも採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そうすると未填補の損害金は金一一七万一、五五二円ということができる。
六 弁護士費
本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は右認容額に照せば金一〇万円を下らないというべきである。
七 結語
よつて原告の本訴請求は金一二七万一、五五二円およびこれに対する右損害発生後であることが明らかな昭和四七年七月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行宣言については同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 國枝和彦)